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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)2783号 判決

控訴人 京橋税務署長

訴訟代理人 森川憲明 外三名

被控訴人 和洋商事株式会社

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、本件控訴を棄却するとの判決を求めた。

当事者双方の陳述した事実上の主張は、左記のほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴代理人は次のとおり述べた。

一、被控訴会社代表取締役大内節子に対する役員報酬と被控訴会社の業種、業態、規模等(これ等の詳細は別表第一記オのとおりである)と類似する他の法人(以下比較法人という)の役員報酬とを対比するため、東京国税局管内に本店を有し且つ同局法人税課で所管する法人であつて、昭和三十年七月一日から翌年六月三十日までの間に終了する事業年度において、資本金が五十万円ないし五百万円で、時計バンド、装身具、玩具その他のいわゆる雑貨の輸出を業とし、しかも輸出による売上高が他の営業による売上も含めた総売上高のほぼ五十パーセントを超える法人を抽き出したところ、非同族会社は別表第二記載の十法人であり、また同族会社は別表第三記載の四十九法人である。これら法人の業種、業態、規模、業績及び役員一人当りの平均報酬月額等の詳細は別表第二、第三に記載したとおりである。

二、被控訴会社の役員は、昭和三十年度の上下両期ともに三名で、その役員給与の詳細は次のとおりで、その平均月額は五六六六六円に達する。

社長  大内清   昭和三十年一月及び二月 月額 十一万円

同年三月以降年末まで  〃 八万五千円

取締役 大内節子  昭和三十年一月及び二月 〃   五万円

同年三月以降年末まで  〃 七万五千円

取締役 佐々木チヨ 同年一月以降年末まで  〃   一万円

一方、被控訴会社の役員給与の売上に対する比率は上下両期を平均して四・九パーセントである。

これに対し前記比較法人の常勤役員の平均報酬月額は、非同族会社において三五、三二〇円、同族会社において三三、九七五円であつて、しかも売上高に対する比率は前者で〇、五パーセント、後者で一パーセントにとどまる。

三、以上のように、被控訴会社の役員報酬と比較法人の役員報酬を対比してみると、大内清に対する役員報酬でさえ損金への算入を一部否認されて、しかるべきものと思われるが、それはともかくとして、被控訴会社の平均役員報酬が高額に過ぎる最大の理由は、大内節子に対する役員報酬が極度に高額であることによるものである。従つて同人に対する役員報酬中適正額を超える部分については、法人税法第三一条の三により損金への計上を否認されてもやむをえないということができる。

四、大内節子に対する役員報酬としての適正額は次のとおりである。比較法人中代表者の妻が役員となつている三法人(同族会社)について代表者の妻に対する報酬月額をみると、無給が二名、六千円、五千円が各一名であつて、平均報酬月額は二七五〇円であるにすぎない。また大内節子は被控訴会社の業務を統轄していなかつたから、同人の役員報酬と比較する対象としては、同人と同様会社業務を統轄していない取締役に対する平均報酬を挙げるのがより適切である。右の見地から比較法人の常勤役員のうち、代表取締役及び監査役を除いた役員で、しかも有給の者についてその平均報酬月額を算出すると、非同族会社において、二九、八三七円(詳細は別表第四のとおり)、同族会社において三二、一二七円(詳細は別表第五のとおり)である。ところで、会社役員に対する報酬の適正額を認定する資料としては、同族会社の役員報酬よりも非同族会社の役員報酬の方が適切なものであつて、前記比較法人中非同族会社の取締役の平均報酬月額は二九、八三七円であるから、被控訴会社と業種、業態へ規模等を同じくする法人にあつては、会社の業務を統轄していない取締役に対する役員報酬の適正額は、多くとも月額三万円を超えないものということができる。

大内節子は被控訴会社の本店においては全く勤務していないし、時たま来訪した外国貿易業者の接待をするとか、被控訴会社の連絡所と称する自宅において、家事の余暇に商業文書の翻訳をしていたのであるが、昭和三十年度には外国貿易業者の接待は一度だけであり、また外国貿易業者からの来信も電報及び書状を合せ約百通に過ぎない。更に被控訴会社の取引先である米国商社としては、大内節子よりも被控訴会社の社長大内清の事業上の信用に基いて被控訴会社と取引をしていたものと考えいれる。大内節子の業務従事の程度は、社長大内清の妻として処理すべき家事の範囲を超えないものである。してみると、大内節子に対する役員報酬の適正額は、比較法人の常勤取締役の平均報酬よりも遙かに下回るべきもので決して月額三万円を超えるものではない。

五、同族会社の役員に対する報酬はその利益その他のものから適正額を算出することは現在のところ困難なので、他の同種類会社の役員に対する報酬に比較して、適正額を定めてるものである。

被控訴代理人は次のとおり述べた。

一、控訴代理人は同族会社の役員の平均報酬月額の比較のため別表第二ないし第五に記載の法人を列挙しているが、右比較法人は輸出を業とする法人である点で被控訴会社と同じであるけれども、その業態は著しく異つている。すなわち被控訴会社はその取引が米国の特定の一商社だけに限定された会社であつて、しかも時計附属品等の買付及び輸出を業とする会社で日本では他に類を見ない会社であるから、収益も比較法人と異り、多額で、被控訴会社と別表第二ないし第五記載の法人を類似する法人であるとして比較することは妥当でない。

二、大内節子は被控訴会社の代表取締役であり且つ常勤するものである。同人は米国商社の主たる取扱品である時計附属品等輸出のため必要な商品の選定や買付代理、これに附随する接衝等営業上最も重要な職務を担当し且つ処理していた。そこで被控訴会社は大内節子に対する役員としての地位、職責、取引先からの信頼と手腕とを綜合して適正な報酬として株主総会の決議による報酬の限度額において昭和三十年一月及び二月は月額五万円、同年三月から十二月まで月額七万五千円を支払つた。

大内節子は米国商社と被控訴会社との間の文書の受送達や連絡との関係から被控訴会社の代表者宅を連絡所として勤務しているのであるが、これは取引上の文書や連絡は大内節子を措いて他に同人に代るものがないため米国商社でも右連絡所に書類を送達してくる実情によるもので、取引書類の決済は相当重要な職務に属し単に家事の範囲と考えるのは実情を知らない者の一方的判断である。仮りに大内節子に支給する報酬額で他に人を求めるとしても、米国商社の信用を得ることは困難で、強いて現在の営業成績を挙げようとすれば、米国商社から日米両国語に通じ日本の国情、商取引に精通した有能な人の派遣を求めなければならないので、月額七万五千円ではその人を得ることができないことは明らかである。大内節子の責任とその職務遂行がなければ、実質的には被控訴会社と米国商社との取引は不可能となり被控訴会社の存立さえその意義を失うものである。更に見地を代えて大内節子に対する役員報酬を支払わないで、取引成立高に対する手数料制度を採用するとしても、売上高の四パーセント(取引によつては十パーセントの手数料のこともある)の最低率によつてさえ、年間百六十万円を超えることになり、被控訴会社にとつて正当な支払額であるとしても手数料支払制度は採用できないところである。

三、法人税法第三一条の三の法意は、同族会社の行為又は計算が経営の実権者により濫用されることを防止するため又は資本的支出と経費的支出との混同による経費計上の利益減少又は売上等の利益の過少表示などによる利益調節が行われることを防ぎ、同族会社と非同族会社との課税の公平を図るため特にこのような経理処理が行われ易い同族会社に対する蔽害除去のために設けられたものと思われる。しかし、右規定のあることにより、同族会社が業務遂行のために必要な経費が支出されたとしても、これを以て法人税の負担を不当に減少させる行為又は計算をしたと即断することはできない。営業上の経費は各会社の業績や方針によつて異り、同族会社でも理由のない経費の計上は利益の減少を来し対外的にも信用も失墜して負債を多くする原因となり、ひいては営業の発展が害せられるから、経費の不当な支払による利益減少は会社の自滅行為にほかならないので、営業の健全な発展を図る見地から、このような行為は容易に採りえないところである。

ひるがえつて被控訴会社の業績をみると、利益は年々向上しているのであつて、このことは経費の節減と大内節子の手腕と米国商社よりの信用とによるものである。

四、別表第二ないし第五記載の比較法人は東京国税局管内に本店を有する会社だけであるが、その数は同管内の法人数の千分の一にも満たない。右比較法人は控訴人に都合のよい法人だけを選んだもので法人数の何千分の一の確率を求めて適正基準を算出することは公正を欠くものである。

五、控訴人は法人税法第三一条の三の規定を曲解し、一方的に役員の報酬額の統制を図るもので本件更正処分は違法である。すなわち、役員報酬は法人がその役員に対し委任契約による人的役務の対価として支給する給与であつて、その額は定款又は株主総会の決議の範囲内で適正額を算定すべきものである。ところが、控訴人は同族会社の役員報酬の適正額について、原審で平均報酬月額は三八、六八七円であると主張し、当審において、非同族法人三五、三二〇円、同族法人三三、九七五円であると述べている。控訴人の主張する平均報酬額は更正決定時に確定されていたものではなく、その時の都合により自由に変えられる平均報酬額である。もし同族会社の役員報酬を平均報酬との比較に求めることを規制するものならば、これら適正報酬額は業種、業態、規模収益力等を綜合して一般に公示又は閲覧させ、その周知徹底を図るべきであるにもかかわらず、控訴人は会社の申告書類の閲覧や公示は申告の秘密性保持のためその公開を拒否し、報酬の適正基準額は税務署において公示されず単に法人所得調査の際に担当者の一方的な考えにより或は更正し或は是認するというような不合理な調査及び処理をしているのである。

法人の役員報酬は法人が独自に役員の経歴、能力、職務等に応じて定めるものであるから、各法人ごとに異つていても少しも不合理でない。むしろ適正額の名のもとに役員の能力を無視した報酬額の統制を図り且つ所得更正の根拠とすることは権限の濫用である。

六、被控訴会社は昭和三十年度下期に取締役佐々木チヨに対し役員賞与として金一万円を支払つたが、これは同人が被控訴会社の業務の一部を担当していたから業務上の報酬として損金として認めらるべきものである。役員賞与の損金計上については、使用人兼務役員に対する賞与が他の従業員と比較しその支給額が妥当であると認められる部分に限り損金算入を税務会計上も認めて処理されているのである。

佐方木チヨに対する役員賞与のための支給額一万円が妥当であるかどうかについて、他の同族会社の役員と比較してみるに、昭和三十年度の経済情勢からみれば、むしろ過少であるから、控訴人が右の一万円についてこれを否認し更正処分をしたのは違法である。

当事者双方の証拠の提出援用及び認否〈省略〉

理由

一、次の事実は当事者間に争がない。

被控訴会社が米国の商社の代理として時計附属品、装飾品等の輸出を主たる業とする株式会社であつて、昭和三十年一月一日から同年六月三十日までの事業年度(以下昭和三十年度上期という)の法人税について、その差引所得金額を金十七万三千六百円であるとして確定申告をなし、また同年七月一日から同年十二月三十一日までの事業年度(以下昭和三十年度下期という)の法人税についても確定申告をした(右申告における差引所得金額の点は争があるので後に判断する)、ところ、控訴人が昭和三十一年十月二十四日昭和三十年度上期の差引所得金額を金三十九万三千六百円、同年度下期の差引所得金額を金二十八万四千円とそれぞれ更正処分をなし、その当時被控訴会社にその旨を通知した。被控訴会社は右各更正処分に対して控訴人に再調査の請求をなし、昭和三十二年五月六日附で東京国税局長が審査の請求を棄却し、その当時被控訴会社にその旨を通知した。

二、成立に争のない甲第四号証によれば、被控訴会社が昭和三十年度下期の事業年度の法人税の確定申告に際して申告した差引所得金額は金五万八千百円であることが認められる。また原審証人簑輪恵一の証言(第二回)によれば、被控訴会社が控訴人に対してなした再調査の請求は法人税法第三五条第三項第二号の規定によつて東京国税局長に対する審査の請求とみなされたものであることが認められる。

三、そこで控訴人がなした上記の各更正処分が違法かどうかの点について判断する。

被控訴会社が青色申告書の提出を承認された法人であり、且つその発行済株式一千株のうち九百株を大内清外二名において所有し、法人税法第七条の二第一項第一号に規定するいわゆる同族会社であることは当事者間に争がない。

(一)  昭和三十年度上期の分について

(イ)  被控訴会社の当期計上利益金が金三十四万一千百五十五円であることは当事者間に争がない。

(ロ)  法人税還付加算金が金四千三百二十円であることも当事者間に争がない。

(ハ)  被控訴会社が損金として計上した被控訴会社の代表取締役大内節子に対する役員報酬のうち控訴人が否認した点について

被控訴会社が代表取締役である大内節子に対し役員報酬として昭和三十年一月及び二月に月額五万月宛、同年三月ないし六月に月額七万五千円宛計金四十万円を支払い、右金額を所得金額の計算上損金として計上し確定申告をしたものであることは、当事者間に争がない。

ところで、控訴人は、「被控訴会社が大内節子に支払つた右役員報酬は、被控訴会社と業種、業態、規模等の類似する他の法人の役員報酬に比較して不当に多額であつて、大内節子が被控訴会社の業務に従事している状況等を勘案し月額三万円が妥当と認められるから、右金額を超える部分は法人税法第三一条の三の規定による否認さるべきである。」と主張するので判断する。法人税法第三一条の三第一項は、「政府は第二十九条乃至第三十一条の規定により課税標準若しくは欠損金額又は法人税額の更正又は決定をなす場合において、同族会社の行為又は計算で、これを容認した場合においては、法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、その行為又は計算にかかわらず、政府の認めるところにより、当該法人の課税標準若しくは欠損金額又は法人税額を計算することができる。」旨を規定している。元来株式が多数の株主によつて所有され又は多数の社員が出資金を分散出資している一般の会社にあつては、株主又は社員は相当数いて、その者等は必ずしも常に利害が一致していない関係にあるので、それらの者の協議によつて会社の意思が決定されるさいでも、反対の者の意思殊にそれが公正なものであれば、それが反映し、一部の者の意思のみによつてそれが決定されるということは比較的少い。これに対しいわゆる同族会社は首脳者又は少数の株主若しくは社員が多数の決議権を有する会社であるから、比較的に利害を同一にしているこれらのものの意思によつて会社の行為又は計算を自由に左右することができ、会社と個人を通じて租税負担を不当に転減することも比較的よういである。そこで課税の公平を期するために、上記のような同族会社の行為又は計算の否認の規定が設けられているわけである。即ち株式会社の取締役に対する報酬の額は、定款に別段の定めがない限り、株主総会の決議によつて定められるのであつて、取締役に対する報酬は会社の計算上損金として計上される関係上、取締役に対する報酬額が増大すれば損金が増加し、それだけ利益金が減少するので株主の利益に相反する結果となる。従つて非同族会社の取締役に対する報酬額は、一般的には株主に対する利害関係が考慮されて適正な額に調整されるのが常道である。しかるに、同族会社である株式会社においては、同族関係者が会社としての意思決定を左右し、会社の経理を支配することができるので、取締役に多額の報酬を支払い税務の計算上これを損金に計上することによつて、租税負担を回避することが比較的容易である。そこで同族会社がその取締役に支給した報酬の額がどれ程が適正かということは、その会社の業種、業態、収益、利益及びその取締役の業務内容等によつて客観的に定めるのが適当であることはもちろんである。しかし、控訴人主張のように現在のところそれが困難だとすればーーその事実は経験則上当裁判所もこれを認めることができるーー次善の策として、その同族会社と業種、業態、規模等の類似する他の法人が同族会社の右取締役と地位、経験、能力、勤務状況等の類似する取締役に対して通常支給するであろうと認められる報酬額を適正額と認めるのを一応相当と解する。従つて、その適正額に比較して多額に失し、しかもそれを是認する特別の事情が認められない限り、これを容認すれば法人税の負担を不当に軽減する結果となると認めるのを相当とするから、法人税法第三十一条の三第一項の規定が適用せられ、政府は適正額を超える部分については税務計算上これを否認して、適正額と認められる額を基礎として課税標準、欠損金又は法人税額を計算することができるものと解する。

よつて進んで、右のような見地に立つて本件についてしらべてみる。

(1)  当審証人川合弘の証言及びいずれも成立に争のない乙第十三号証、第十四号証の一ないし十一、第十五号証の一ないし三、第十六号証の一ないし十、第十七号証の一ないし十四、第十八、第十九号証の各一ないし三、第二十号証の一ないし九、第二十一号証の一ないし四、第二十二ないし第二十七号証の各一、二、第二十八号証の一ないし五、第二十九、第三十号証の各一ないし四、第三十一、第三十二号証の各一ないし三、第三十三号証の一、二を綜合すると次の事実を認めることができる。

東京国税局管内に本店を有し且つ同局法人税課で所管する法人で昭和三十年七月一日から翌年六月三十日までの間に事業年度が終了し資本金が五十万円ないし五百万円で、時計バンド、装身具、玩具その他いわゆる雑貨の輸出を業とし、その輸出による売上高が総売上高の約五十パーセントを超える法人は、非同族会社が別表第二記載の十法人であり、同族会社は別表第三記載の四十九法人で、これら比較法人の常勤役員の平均報酬月額は、非同族会社においては金三五、三二〇円、同族会社においては金三三、九七五円である。また比較法人中代表者の妻が役員になつている三法人(いずれも同族会社)の場合の代表者の妻に対する報酬月額は、無給が二名、六〇〇〇円と五、〇〇〇円のものが各一名であり、更に比較法人の常勤役員のうち、代表取締役及び監査役を除いた役員で、しかも有給のものについての平均報酬月額は非同族会社においては二九、八三七円(別表第四参照)同族会社においては三二、一二七円(別表第五参照)となつている。

(2)  原審証人簑輪恵一の証言(第一回)により真正に成立したと認められる乙第八号証と右証人の証言によれば、日本全国の昭和三十年度における資本金百万円以下の会社の役員の年間平均俸給額は二六六、〇〇〇円、資本金二百万円以下の会社の年間平均俸給額は二九三、七〇〇円であることが認められる。

(3)  いずれも成立に争のない乙第九、第十号証、第三十五号証の一、二と原審証人江坂幸雄の証言、原審及び当審での被控訴会社代表者大内清の本人尋問の結果(但し後記信用しない部分を除く)を綜合すれば、大内節子は被控訴会社の代表者大内清の妻であつて、被控訴会社の代表取締役となつているけれども、事実上は夫である大内清が代表取締役として被控訴会社の業務を総括し、大内節子は被控訴会社の本店に常勤しているものでなく、時たま海外から来訪した(昭和三十年度には一回)外国貿易業者の接待をするとか、被控訴会社の連絡所と称する自宅(藤沢市鵠沼所在)で主婦として処理すべき家事のかたわら主として海外から被控訴会社宛にくる商業文書(右同年度においては約百通)の授受や翻訳などをしているにすぎないことが認められるのであつて、原審及び当審での被控訴会社代表者本人大内清の供述中右認定に反する部分は前掲各証拠に照して信用できない。他に右の認定を妨げる証拠はない。

(4)  被控訴会社が時計附属品等の輸出を主たる営業とする株式会社であることは当事者間に争がなく、その業態、規模等が別表第一記載のとおりであることは、被控訴会社の明らかに争わないところである。

上記の(1) ないし(4) の事実を綜合して考えてみると、別表第二、第三各記載の比較法人は被控訴会社とその業種、業態、規模等においてかなり類似しているし、また法人税法第三一条の三第一項の立法の趣旨が、上記のとおり同族会社であるために行われやすい行為又は計算で、法人税の負担を不当に減少させる結果となる場合に右の行為又は計算を否認することを目的としているのであるから、役員に対する報酬の適正額認定に当つては、非同族会社の方が比較の対象として一層適切であるが、上記(1) に認定した別表第四に記載の非同族会社である比較法人の常勤役員のうち、代表取締役及び監査役以外の有給役員に対する平均報酬月額が二九、八三七円であることに、他の同族会社の場合をも参酌した上、上記認定の大内節子の担当事務の内容や勤務の状況等も参酌し、大内節子に対する報酬の適正額は、他に格別の事情の認められない本件においては、月額三万円を超えないものと認めるのを相当とする。

もつとも、被控訴人は「被控訴会社はその取引が米国の一商社だけに限定され、しかも時計附属品の買付及び輸出を業とする会社であつて日本では他に類を見ないものであり、且収益も多額で前記各比較法人を被控訴会社と類似するものとして比較することは妥当でない。」旨主張する。しかし、被控訴会社の業種業態は前記比較法人との類似性否定の事由と認められないし、上記認定の各別表記載の会社の営業利益に比較してみても、被控訴会社の収益が特に多額であると認めることもできないので、被控訴人の右主張は採用できない。

なお、被控訴人は、「大内節子は被控訴会社の常勤代表取締役で営業上最も重要な職務を担当処理していたもので、その地位職責、取引先からの信頼や手腕に照して報酬月額七万五千円は適正額である。」旨主張し、原審及び当審での被控訴会社代表者本人大内清の供述中には右主張を裏付ける趣旨の供述があるけれども、前掲各証拠に照してたやすく信用できないし、他に上段認定の事実を覆えし、これを認めることのできる証拠はない。

更に被控訴人は、「上記比較法人は東京国税局管内の法人数の千分の一にも満たないもので、しかも控訴人に都合のよい法人だけを選んだものであつて、法人数の何千分の一の確率を求めて適正基準を算定することは公正を欠く。」旨主張するが、上記比較法人はその業種、業態及び規模等その全体からみると、被控訴会社のそれとかなり類似していることは前説示のとおりであるばかりでなく、乙第十三号証及び当審証人川合弘の証言によれば、右比較法人は、被控訴人主張のように、控訴人に都合のよいものだけを選んだものでないことが明らかであるから、被控訴人の右主張も採用できない。

次に被控訴人は、「法人の役員報酬は役員の経歴、能力職務等に応じて法人が独自に定むべきもので、各法人ごとに異つていても少しも不合理でなく、本件更正処分は適正額の名のもとにで報酬額の統制を図るもので権限の濫用である。」旨主張するので判断する。法人税法第三一条の三第一項の規定に基く同族会社の行為又は計算の否認は、単に課税の計算上右行為又は計算を認めないで、これと異る行為又は計算を想定し、当該法人の課税標準、欠損金額又は法人税額を計算するだけのことで、現実になされた行為の法律上の効果になんの影響を及ぼすものではないと解するのを相当とする。従つて同族会社の役員に対する報酬のうち適正額を超える部分について、政府が右法条に基いてこれを否認したからといつて、右会社の報酬の支払を事実上否定したり又はその法律上の効果を無視するなど統制を図るものではなく、上段説明のように全く課税の公平な負担を図ることを目的としたのみであるから、もとより権限の濫用であるということはできない。

してみると、被控訴会社が大内節子に支払つた昭和三十年一月から六月までの役員報酬合計金四十万円のうち金十八万円(月額三万円の割合による六ケ月分)を超える金二十二万円についての控訴人の否認は正当であつて、右超過金額は被控訴会社に対する課税の計算上利益の処分として所得に加算さるべきものであり、これを損金として計上することは許されない。

(ニ)  被控訴会社申告の輸出所得の特別控除が金十七万千七百八十二円であることは当事者間に争がない。ところで、大内節子に対する報酬のうち上記否認の金額二十二万円を被控訴会社の申告した(イ)の利益金に加算して輸出所得の特別控除額を計算(昭和三十二年法律第二六号による改正前の租税特別措置法第七条の七参照)しても右控除額に影響のないことも当事者間に争がない。

(ホ)  してみると、益金に計上される(イ)(ロ)(ハ)の合算額から損金に算入される(ニ)を控除すれば、差引金三十九万三千六百九十三円となり、国庫出納金等端数計算法第五条によつて百円未満の端数を切り捨てると、課税標準となる所得金額は金三十九万三千六百円である。

(二)  昭和三十年度下期の分について

(イ)  被控訴会社の当期計上利益金が金二十五万二千六十七円であることは当事者間に争がない。

(ロ)  被控訴会社が計上した損金のうち控訴人が否認した点について

(a) 大内節子に対する役員報酬の一部否認の点

被控訴会社が代表取締役である大内節子に対し役員報酬として昭和三十年七月から同年十二月まで月額七万五千円宛計十五万円を支払い、右金額を所得金額の計算上損金として計上し確定申告をしたものであることは、当事者間に争がない。

控訴人は、「右報酬額は被控訴会社と業種、業態、規模等の類似する他の法人の役員報酬に比較して不当に多額であり、大内節子の勤務状況等を勘案すれば、月額三万円が妥当と認められるから、右金額を超える計金二十七万円について控訴人が法人税法第三一条の三の規定により否認したのは正当である。」旨主張する。そして控訴人の右主張が正当であつて、この点に関する被控訴人の各主張がいずれも採用できないのであることは、昭和三十年度上期の分について説明したところと同一であるから、これを引用する。従つて右超過金額二十七万円は被控訴会社に対する課税の計算上利益の処分として所得に加算さるべきものである。

(b) 佐々木チヨに対する役員賞与否認の点

被控訴会社が昭和三十年度下期に取締役佐々木チヨに対し賞与名義で金一万円を支給しこれを損金に計上して確定申告をしたことは当事者間に争がない。

被控訴人は、「佐々木チヨは被控訴会社の業務の一部を担当している役員であるから同人に支給した一万円は実質上役員報酬として損金に計上さるべきものである。」旨主張し、控訴人はこれに対し右事実を否認し、「役員賞与は利益金の処分で損金に計上すべきものではないから、佐々木チヨに対する右役員賞与を損金に計上した金一万円の分は否認さるべきである。」旨主張するので判断する。原審及び当審での被控訴会社代表者本人大内清の供述中には、被控訴人の右主張に添う趣旨の部分があるけれども、後記の証拠に照して信用できないし、他に佐々木チヨが被控訴会社の業務の一部を担当していたことを認めることのできる証拠はない。反つて成立に争のない乙第九、第十号証と前掲大内清本人尋問の結果(前掲信用しない部分を除く)によると、佐々木チヨは被控訴会社の代表者である大内清の妻の実母で、六十才余の老令に達しており、右清夫妻とともに前記鵠沼の自宅に同居し、被控訴会社の業務はなにも担当していないことが認められる。してみると、右金員は役員報酬として支給されたものでなく、役員賞与であるといわなければならない。ところで、株式会社の役員に対する賞与は、会社の業績に応じ本来株主に帰すべき利益を株主の意思に基いて役員に与えられる謝礼金であるから、利益処分の性質を有するものであつて、課税の計算上損金としてでなく、益金に計上するのを相当とする。従つて佐々木チヨに支給した役員賞与一万円を損金に計上した被控訴人の計算に対し、控訴人が法人税法第三一条の三第一項の規定に基いてこれを否認し益金に算入したことは正当である。

(ハ)  輸出所得の特別控除について

前掲租税特別措置法第七条の七の規定による昭和三十年度下期の輸出所得の特別控除額を算出すれば、次のとおりとなる。(その計算方法については当事者間に争がない。)

(a) 同法第七条の七第一項に基く取引による収入金額

二四、八〇六、〇三五円

(b) 右金額の百分の一相当額

二四八、〇六〇円

(c) 同条第一項に基く取引に係る所得金額

六六七、七九五円

(d) 右金額の百分の八十相当額

五三四、二三六円

(e) 輸出所得の特別控除額((b)と(d)のいずれか少い金額)

二四八、〇六〇円

(ニ)  してみると、益金に計上される(イ)、(ロ)の(a)、(b)の合算額から損金に算入される(ハ)を控除すれば、差引金二十八万四千七円となり、国庫出納金等端数計算法第五条によつて百円未満の端数を切り捨てると課税標準となる所得金額は金二十八万四千円である。

そうすると、被控訴会社がなした法人税の確定申告について、昭和三十年上期の事業年度の所得金額を三十九万三千六百円、同下期の事業年度の所得金額を二十八万四干円とそれぞれ更正した本件各処分には何等違法の点は存しない。

四、従つて、本件更正処分のうち前者について金十七万三千六百円、後者について金五万八千百七十円を各超える限度において本件更正処分が違法であると主張して、その取消を求める被控訴人の本訴請求を認容した原判決は失当であるから、民事訴訟法第三八六条を適用してこれを取り消し、被控訴人の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担について同法第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 土肥原光圀)

別表第一ないし第五〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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